チリとスス

エアロゾルとバイオマスと環境について,考えたことをメモします。

マスクの性能と効果

はじめに

前にマスクの話を書いてから1ヶ月以上が経過しました。その間,様子を見ている限り「多くのお医者さんはエアロゾルについて十分な知識なくマスクの性能について語っているらしい」ということがわかってきました。専門外だから仕方ないことですが「専門外だからよく知らない」という認識が足りないのは,あまりよくないことと思います。

下記の投稿を見て,概ね同意ですが,少し自分の考えを補足したくなりましたので,マスクの性能と効果について「わかっていること」と「わかっていないこと」の線引きを試みたいと思います。たぶん今年これについていろんな測定をする人が出てくるでしょうから,来年はだいぶ状況が変わってくると思います。

https://m.facebook.com/photo.php?fbid=2712641875529171&id=100003501555708&set=p.2712641875529171

「マスクにはどのくらい効果があるのか」問題の分割

マスクは「ないよりマシ」なのか。そして,ガーゼを含む布マスクと使い捨てマスクの性能はどのくらい違うのか。単純なようでそうでもない。少し分割しましょう。

マスクの効果は,

  1. 体外から入ってくる粒子の捕集
  2. 体内から出ていく飛沫の捕集
  3. 手から顔への汚染の抑制

があるみたいですね。3は今回初めて知ったので,おそらく医療分野,自分の専門外だろうと思います。1と2は仕組みは同じですが,流れの方向が逆方向なのと,捕集する粒子の大きさがかなり違います。湿度も違いますし,流速が同じでなければ,そのへんも影響ありそうです。

1と2,つまり「マスクで粒子を除去する性能」は「(a)ろ材の捕集性能」と「(b)漏れ率」で決まります。マスクには,ろ材と呼ばれるフィルター部分がありますが,すべての空気がそこを通るわけではありません。上下,あるいは左右はあてているだけですから,漏れているのはすぐに想像がつくと思います。

(a)ろ材の捕集性能

ろ材の捕集性能は自分の専門内で,基本的な物理法則の組み合わせで説明できます。流体力学の基礎が必要なので,高校レベルでは少し足りません。単一繊維捕集効率がどうやって決まっているのか。そして,単一繊維捕集効率から対数透過則を経て捕集効率を求める過程を知っていれば,ひととおりのことがわかっていると言え,そうでなければ不十分というのが,自分の認識する境界線です。

「フィルターの捕集する仕組み」で得られる大事なことがふたつあります。ひとつは「捕集効率は粒子の大きさで違う」ということと「気流の速さでも違う」ということです。お医者さんがよく言う「繊維と繊維の隙間が空きすぎているから取れない」という説明は,的外れです。高効率フィルタの代名詞,HEPAフィルタの空隙率は95%程度あり,低い性能のフィルタとあまりかわりません。 

では,ガーゼと不織布でどのくらい違うのか。自分は普通の使い捨てマスク(不織布)を測ったことがありますが,箱に「99%以上捕集」と書いてあるろ材は,測定した流速と粒子径の全範囲で99%以上取れましたので,常識的な使用の範囲では,その数字を信じてよさそうです。ガーゼは測ったことがありませんが,慶應義塾大学の奥田知明先生がハンカチとペーパータオルを測定され,YouTubeで公開されていますね。ハンカチで半分,ペーパータオルのほうがそれより上というところでしょうか。

奥田先生の動画はこちらです。

https://youtu.be/nqOUtt1Ddq8

https://youtu.be/T4fhfCUWFL4

https://youtu.be/juxqWb9nssg

(b)漏れ率

労働安全衛生を考えるとき「防じんマスク」は粉じんから作業者の生命に守る「呼吸用保護具」です。しかしろ材の捕集効率はあまり気にされません。なぜなら,防じんマスクの最大のリスクはつけ方次第で10%を超える「装着時の漏れ」であり,ろ材を通り抜ける1%未満の粒子の影響は,漏れに隠れて見えないからです。N95マスクのろ材の捕集効率は99%以上あり,95%ではありません。つけ方には地味にノウハウが必要で,漏れ率にはいろんな姿勢で測定するやり方が決まっています。

結局どのくらい取れるのか

不織布のマスクなら,これは漏れ率で決まります。これを測定するのはこれは自分で実際に測定したので言えますが「99%以上捕集する」と書かれたマスクのろ材の周りをシール(もれないように容器に密着)して,エアロゾルを通しますと,たしかに99%以上捕集しますが,装着して測定すると(これもやってみました)半分は取れるかなというところでした。

ガーゼマスクはまだ測定したことがありません。これは正直予測が難しい。ガーゼの捕集効率は低いですが,つけ方によっては漏れ率が低いかもしれないです。だから「測った」という方以外はあてにならないですね。大きな飛沫はある程度止めるかもしれませんが,大粒子の捕集効率は,これまた測定の難しいところです。まだ誰も測定したことないんじゃないかな。

ここまでの知識から「ないよりはマシ」を否定できる人はほとんどいないんじゃないかなというのが自分の解釈です。

WHOの見解は

「WHOはあらゆる意味でマスクを否定している」という話を聞きますが,誰もその理由を書きません。「ないよりマシ」を否定するWHOはどんな理由でそう言っているのだろうと思って,見てきました。

https://www.who.int/docs/default-source/documents/advice-on-the-use-of-masks-2019-ncov.pdf

自分が見つけたのはこれです。マスクだけではダメですよということと,使い方を誤るとよくないですよと書いてある。「ないよりマシ」であることは否定されていません。

おわりに

WHOはマスクを否定しているのかどうか,というのが出発点でした。そうでないということはわかりましたが,ここまで考えてみると,マスクの性能について考えることはとても多い。呼吸では流速も湿度も温度も粒子径も粒子濃度も変化しますから,正確な測定はとても難しく,測定結果も少ない。そしてお医者さんを始め,いろんな方が案外マスクについてよく知らないし,考えてもいないという背景が浮かび上がってきました。医療従事者は,マスクを過信してはいけないし,マスクを介した接触感染についてもっと過敏であるべきなのでしょうね。一般の方は「どんなマスクだろうと,ないよりマシ」でつけてよいと思います。たとえ半分しか取れなくても,社会の中での効果は大きいでしょう。どのくらい大きいと言えるのか,また気になりますけど。